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<<   作成日時 : 2013/01/10 08:59   >>

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RKルーツ:ウチの本家です。「李」ナントカじゃありません。w

長沢から少し下った部落「中小倉」の分家が我がルーツですが、部落全員「輿水」です。w たまたま、この記事を見つけたので。

みなさん、自分のルーツをネットを使って探しましょう。自分の出自を知ることは、ご先祖の志を継ぐ契機となります。

http://yatsugatake-keikan.net/history/2007/life1.html
   日時: 2007年7月1日(日) 
   場所: 輿水家 (北杜市高根町長沢)  
   話し手: 輿水順彦 (当主)
        澤谷滋子(長坂郷土資料館学芸員)

当日は多数の参加者があり、長澤宿の端に位置する道の駅・南きよさとに集合し、 早苗が美しい棚田を歩いて輿水家に向かいました。

先ず、当主順彦氏の案内で各部屋を見学してから、スライドを用いて 長沢宿の歴史的経緯や輿水家の由緒が語られました。

長沢宿は甲州街道と中仙道を結ぶ佐久往還の甲州最後の宿場で、 現在の北杜市高根町長沢(窪長沢)の国道141号の長沢交差点の辺りに位置し、 若神子宿(須玉町)と信州平沢宿(長野県南牧村)の中間にあった。
江戸時代には、口留番所や問屋(伝馬)が置かれ、長澤宿は栄えていた。

口留番所とは関所のことで、この長沢では参詣人が多く通ったと記録にある

一方、問屋は、武田時代に人や荷物を運ぶために人馬を宿駅に配置しておく 伝馬制が整備されたというが、江戸時代も伝馬制は引き継がれ、それを取り扱う 場所を問屋(トイヤ、地元では「おとんやさん」)と言った。
輿水家はその問屋であった。

問屋は常に人馬を用意しておき、到着した馬の背の荷を一旦降ろし 新しい馬に乗せかえて送り出すなど、旅客・荷物・通信の運搬伝達の中継所の 役割をしていた。

問屋は物流の重要な役割を担っていたため、幕府から直接資金を借ることが できるほどの特別な地位にあった。
輿水家の歴史は大変古いが、戦国時代、武田信玄に仕え川中島合戦での功を成した 長沢八郎左衛門が「主膳」の名を授かった長沢主膳と関係あると言われている。

主膳は、長篠の戦で討死にしたが、その嫡子長沢佐左衛門は武田勝頼に使え、 新府城落城の折、長沢村に籠り定住したと伝えられる。

その後、姓を輿水に改め、やがて、輿水家は口止め番所と、今回お尋ねした 「おとんや(問屋)」に分かれたと思われる。
江戸時代
初期の1645年には問屋治郎左右衛門と名乗っていた記述がある。

輿水家は代々、治郎左右衛門を名乗っていたが、現当主輿水順彦氏は 51代目に当たると言われている。

現存する輿水家の母屋は、当主によると安政から慶応年間(今から140〜150年前) に建てられたもので、奥座敷、座敷、中の間、居間、仏間、納戸、裏部屋など 10部屋からなる。この母屋は平屋作りで中央に玄関が設けられているのが特徴で、 その玄関からは、公の人や僧侶、親分など特別の人のみ入ることができた。
明治になってからは農業や養蚕のため土間に馬小屋や屋根裏に蚕室が設けられた。

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コメント(26件)

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コシミズさんの祖先は私の好きな真田幸隆と同僚だったんですね。
タケミカヅチ
2013/01/10 10:24
素晴らしい!
江戸時代にタイムスリップしたようなお話、大変興味深く拝読させていただきました。
国民ひとりひとりが、自分の系譜を探り、先祖を敬えば、日本の国をもっと素晴らしいものにしていこうという気持ちになります。
わたしたち日本人には、つなげていかなければならない、精神や哲学、文化の流れがあります。
尊く清い志のご先祖様をお持ちのコシミズ先生だからこそ、今のご活躍があるのだと実感しました。
『日本独立宣言』拝読させていただきました。
あふれ出るエネルギーに感動。
父親が息子に語るというかたちをとられていますが、父親がどれほど息子さんを愛して、大切に思われているのかが伝わり、毎度のことながら、目頭が熱くなることがたびたびあります。
不特定多数の他人に言っているのではなく、世界で一番大切にしている人に向かって、話している言葉なので、ものすごく迫力があるです。
言葉は、言霊といって、魂がこもりますから、息子さんに語ることで、愛を伝えているのです。
獄中にいたインド初代首相ネルーが、娘に自分の言いたいことを、書簡形式でまとめたものが、『父が子に語る世界史』ですが、
それを読んだ娘は、後に、父の意思を継いで、インディラ・ガンジー首相になりました。
私の父は、「おとうさまが、あなたに伝えたいことは、すべてこの本に書いてあるので、これをよく読んでおくように。アジア人の目から書かれた世界史を読まないと、世界はわからない」と、常に言っておりました。
コシミズ先生の、父が子に語るシリーズは、いずれ、故ネルー首相の名著とともに、アジアが世界に誇る歴史書となることでしょう。
猫旅館女将
2013/01/10 12:41
おかのこうえんにいくときによくとおります。
ロロ
2013/01/10 12:42
コシミズさんのご先祖様は山梨のご出身だったのですね。
私は山梨県人ですので、ちょっとびっくりしました。
高根町長沢の辺りですが、清里へ行くときによく通る場所なので、すごく親近感が沸きました。
ちなみに、私の祖先は武士だったそうです。
きりしな
2013/01/10 12:43
"コニチワ"
ここが"RK大将の聖地"そして"山梨の北杜市"は"綺麗な場所"ですね
Blessingerから"RK大将"へ
2013/01/10 13:03
 田舎に行くと、とんでもない物が有ります。でも余所者には絶対に教えません。実はそれが日本の強さなんですけどね。
あのねあのね
2013/01/10 13:22
戸籍謄本出せよ
西村さ〜ん
2013/01/10 13:53
八切止夫氏によれば、白村江の戦い(663)で日本軍を壊滅させた唐(中国)が約2千人で日本に進駐し、後の藤原氏などの支配階級に収まり、原住民は大半が奴隷に。支配の道具が寺院(仏教)と漢字で、そこから立ち上がったのが、旧満州などの北方騎馬民族に由来する源氏とアジア海洋民族の平氏。信長が多数の寺院を焼き払ったのも、支配階級への憎悪から。家康も被差別地の出身。コシミズさんは馬を扱う職から、源氏系でしょうか。反権力も、武士のDNAかも知れませんね。
かけろま島
2013/01/10 14:12
>みなさん、自分のルーツをネットを使って探しましょう。自分の出自を知ることは、ご先祖の志を継ぐ契機となります。


凄げーっ!!!かっこいいなーっ!!!


俺んちは、コシミズ大将の家より、ちっとだけ劣る。おんぼろ。ボロ。(笑)(笑)(笑)


JEWJEW鮮邪er!
2013/01/10 14:55
藤原氏がマイノリティー支配のプロトタイプで完成形ですからね。

源治平氏が完全外国由来というのは若干異議があります。

地方にいた半島人間や大陸由来の民間武装勢力を源家や平氏という魅力的なネームバリューで買ったんでしょう。

つまりやくざの親分の娘にプリンスの婿を娶った。


菅原道真の太政官登用は和人勢力の一大クーデターだったのかもしれません。
時平との暗闘のような宮廷闘争なんてもんじゃなくもっと大規模な内戦状態を想像してしまいます。
そして菅公の太宰流しですが半島勢力の本国からの反撃に備え当事者に責任を以て遂行させるという意味で現地司令官に充てたのかもしれませんね。

もともと菅家は武官です。この人用兵の才があったんじゃないでしょうか。


菅公死後天変地異が起きたといわれていますが
これはメタファーで実は菅公や旧貴族や藤原氏の良識派を糾合した和人勢力と大陸半島マイノリティー支配者との激しい内戦が起きていたのではないでしょうか。
時平をはじめとして藤原氏の棟梁が次々に雷で死んだとされておりますが
これは戦場で打ち取ったのでしょう、次々と。
いくらなんでも貴族の立派な屋敷でこんなにも雷の犠牲者が出るのは怪しすぎる。

それから過剰に学問のイメージを植え付けているのは
逆に学問と対極にある生き方をしたからではないですかね。
菅公は用兵家だったのではないでしょうか。
タケミカヅチ
2013/01/10 15:05
ルーツは大切です。
夢を追いかけるのもいいけど、重要なのはご先祖様より受け継いだ命を、子を育て次の時代に託すことではないでしょうか?
おじいちゃん、おばあちゃんの時代は、お見合いで相手を決められ、当然離婚は出来ない。夢を描くにも、親の畑か職業を継ぐしかなかった。
それを「やりたい事が見つからない。」と言っては、ねぇ〜。
在日の人達もそう、鉄鋼所や炭坑労働に駆り出され、言葉が解らぬまま生き抜いた在日一世の苦労は、計り知れないものがあったと思います。しかも祖国を二つに分られ戦争までやらされた。 日本はこれから!
我々が正しい
2013/01/10 15:53
>戸籍謄本出せよ

戦後のどさくさの中で
戸籍の売買も行われたってねw
戸籍謄本・戸籍抄本は日本人であることを必ずしも証明しないのよんw

「隠れ在日リスト」なるものが存在し、
その中から反日マイノリティー政治家や
反日マイノリティー経営者なんかが
ピックアップされているんだと。

フジテレビや産経新聞社員も
そんなのの子供や孫ばっかりらしいw

その隠れ在日リストとやらが
いずれ公開されて、面白いことになりそうw

意外な人物が反日マイノリティーであることが世間に暴露されたりねw

すべての国会議員には自分の出自を明らかにする義務を課し、日本人以外は総理大臣になれない日本になるべき。
過去歴代の日本の総理はほとんどが「隠れ在日」であったという事実w
日本の政治は日本人によって舵取りされていなかった。
それじゃ日本が良くなるわけないよw
笑点じゃないけど、
「それじゃだめジャン」w

小松菜、小松菜w
2世代目統一教会小池百合子
2013/01/10 16:01
ウチの起源も分かりました
先祖の出身→"尾張(今の愛知西部)と摂津(主に大阪市F区F)"
先祖の家系→"摂津源氏か桓武平氏"(どちらの起源なのか分かっていないようです)
結論→関西人(摂津人)と東海人(尾張人)の混血
Blessingerから"RK大将"へ
2013/01/10 16:02
さきほどの投稿に訂正です。

誤:

その隠れ在日リストとやらが
いずれ公開されて、面白いことになりそうw


正:

その隠れ在日リストとやらが
いずれ公開されたとしたら、面白いことになりそうw


すみませんでした。
2世代目統一教会小池百合子
2013/01/10 16:30
私の知り合いで、小学校先生に、「先生、うちは、藤原氏の親せき筋らしいですよ」って、世間話で軽く言ったら、その教諭が、とてつもなく怒りだして、差別がどうとか、今はそんなの関係ないんだとか、あったらしいです。別に、世間話程度で何を考えているのか? なんか、小学校、中学校の先生って、突然意味不明なことで怒りだす基地外がおおかったです。 
近畿の住人
2013/01/10 16:54
政治家とマスゴミに良く出演して洗脳に励んでる言論人(電波芸者)は出自を明らかにすべきだよねw
今やユダヤのヒモ付きの怪しいのばっかりですから。
日本や日本人に恨みを抱いて復讐心に燃えてる被差別部落系(橋下や竹中etc)や半島系(小泉etc)ばかりのような。
中国やロシアとの対立を煽るがアメリカ・韓国とは何が何でもお近づきになろうと言うのが特徴っすね。
国益考えればあり得んのですがね〜。
尖閣問題、北方領土は煽るのに竹島問題はスルー。
街宣右翼(似非右翼=スクラップ屋やヤクザ)と同じですな。
石橋湛山が中国との国交回復を図ろうとした時も岸配下の奴らが中国展で大暴れして御破算になりましたな。
田中角栄の時も統一教会福田赳夫がごにょごにょごにょ。
角栄のスキャンダルをリークしたのがKCIA。
う〜ん。
独立国家の体を為してませんな。
奴らマイノリティのバックには欧米ユダヤが付いちゃってるから強いんですな。
アメリカ(連合国)の対日方針が冷戦終結によって180度変わるまではそれで良かったけど・・・
今や害悪しかないですよね。
ななし
2013/01/10 17:34


>フジテレビや産経新聞社員も
>そんなのの子供や孫ばっかりらしいw
(RK先生談)
そんなこと(講演会でズバリ)言っていいんですか?
いいんです。本当のことだからw
「は?何だと?」と思った方は、下記↓動画をぜひご覧ください。

【2012.11.30_06/08 リチャード・コシミズ東京講演会】

http://www.youtube.com/watch?v=YuDc-lnQ0jc&list=PLPg7hSdi4rU4x-oT5ThfP9839lEERBSjE#t=9m36s

最初には「マツケンサンバ」のライブ動画も入っています。
「隠れ在日」「戸籍売買」の話題は必見です。
部落開放同盟京都支部前原氏w
2013/01/10 18:32
動画URLの最後に、 
たとえば #t=2m30s というのを
くっつければ、2分30秒から再生されます。

コシミズ先生の動画をご紹介していただく場合に、頭出ししたほうがより効果的な場合に便利です。

豆知識でした。
S
2013/01/10 18:55

神秘的ですね。
自分のルーツなんて考えた事あまりなかった。
私の旧姓も珍しい名字で、調べたら全国に300人だって。
そして岡山がルーツらしい…。
私のご先祖は岡山にいたの?
行った事ないけど…
不思議だなあ〜
もう少しくわしく知りたくなりました。

母うさぎ
2013/01/10 20:33
私の家の家紋は「丸に剣酢漿草」です。私の住む村や町では比較的多い家紋ですが、ルーツは今ひとつハッキリしません。
名字は鳥取県・広島県・富山県・徳島県・北海道に多く見られます。圧倒的に私の住む村に多いのですが、戦国時代に近くの城山(人工の要塞)に城主として赴任して来て、当時の地元の百姓がその名字を名乗ることを許され現在に至っているようです。その末裔が私です。
城山の城主は何回か替わっており、私の名字の城主は関西から来たようです。よって城主と私たちは血縁関係はないと思われます。その城主の墓は近所のお寺にありますが、名前以上の記載はされていません。もう少し調べるともっとわかるかもしれません。
John McClane
2013/01/10 20:42
ルーツでまた思い出したのですが、以前父が「うちは尼子の子孫だと思う」との言葉でした。
ですから、名字の由来と血の流れが別であることが辻褄が合います。

少し話はずれますが、我が町には黒沢明監督の「七人の侍」と似たような話が残っています。つまり、農民が秋になると山を越えてやってくる盗賊に対し、侍を傭兵として雇い対抗したという言い伝えです。

おそらく我が家は尼子氏が子孫を残す為に、戦国時代を生き抜いた城主の名字をもらい現在に至っているのではないかと思います。
John McClane
2013/01/10 21:28
知っているのは
駅前で三井鉱山お抱えの歯科医を
営んでいたと言う爺様。
北原白秋と飲み仲間で飲み過ぎて
朝ぽっくり永眠という
ちゃらんぽらんな爺様が偉かったのか
どうなのか?

熊本に平清経が五家荘村に逃げて落ちた、と
その落人村から来たったい。と
でも、地名に私の姓の着いた地名は
そこから山伝いの鹿児島の山奥で発見。
ここも道真公を祭っている。
源氏系に憧れていたけどやっぱり
ソチラでは無いでしょう。
お婆さんが言うには、途中
養子縁組みがあり中国系の細顔も
混じっているかも?らしいw
実際私もタイ人に
「チャイニーズ?」って言われた。
ちなみにうちの両親は戦時中、
爺様が長野まで買い出しにいった
ヤギの乳で育ったとか。
ああ、謎だらけ。
ポンにだ
2013/01/10 22:38
輿水先生には、侍を感じていましたが、やっぱり本物だったんですね!
焼夷弾で日本を焼け野原にした米軍の将校に勲章をあげるような売国奴一味や、T協会にお祝い文を贈るような腹下しなどとは、まったく違います。
日本の誇りです。
R
2013/01/10 22:46

北信州に、旧姓と同じ神社があります。

なんでも、上杉十人集(だっけ)のひとつだったとかいう話しで?
お城もあったらしいよ♪♪

17,8年くらい前に、家系図調査の会社からDMがきて、「貴方様の名字の◎○新聞を作って、同姓同族の方々の交流をお手伝いします」だって(笑)。

世の中、いろんなビジネスがあるなあ〜♪

と思ったことでした。
べにすずめ
2013/01/10 23:41
李と言えば岸、岸といえば信介、そしてその息子がトレモロス下痢三。意図的なスレですな(笑)。因みに岸は李の字を組み替えたもの。岸の姓を名乗る人はアチラの人と見ていい(笑)
普通に生きる人
2013/01/11 00:46
>戸籍謄本出せよ

じゃあ、先ずお前の戸籍をここにカキコしろ!!
胡散臭いHN使うようじゃ裏社会のヒトモドキ認定だな(笑)
普通に生きる人
2013/01/11 00:58

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